※こちらは旧伊勢丹店ブログ、2021年1月22日投稿分を再掲載したものです。
こんにちは。今回はちょっと視点を変えて、物として美しいだけではなく、
時代の移り変わりをその中に取り込んでしまった品をご紹介したいと思います。

すっきりした線で構成され、とてもスムーズなシルエットを持つ白系のダイヤモンドリングです。
第一印象としては、最近何点かご紹介したアールデコのプラチナジュエリーという感じです。
しかしよく見ると、典型的なアールデコのスタイルとはなにかちょっと異なる印象を受けます。
そしてその理由がこちら。

正面からはちょっとわかりにくいのですが、側面から見ると一目瞭然です。
シルエットこそ、なだらかなカーブを描いたモダンな印象ですが、
そこに刻まれたモチーフは、花、葉、唐草で構成された伝統的な草花文様。
エドワーディアンスタイルを象徴するガーランド系統のデザインです。
元々階級制度のもとに生まれたスタイルであるエドワーディアンは、
プラチナという新たな素材との出会いによって、社交界の主要スタイルとなりジュエリーの頂点を極めます。
プラチナならではの繊細なレースワーク、ミル打ち細工など、19世紀までのジュエリーには見られなかった
その独自性が高く評価され、ヨーロッパの上流階級に浸透していきました。


ただその名の由来となったイギリス国王エドワード7世とアレクサンドラ妃が世を去り、
第一次大戦が勃発するころになると近代化もいっそう加速し、
伝統的な貴族階級のライフスタイルにも変化が見られるようになります。
ちょうど同じくらいの時期にアールデコスタイルが人々に受け入れられ始め、
ジュエリーにおいてもその影響を受けたデザインが現れるようになってきました。
もちろんスタイルというのは、ある日を境に突然一斉に切り替わるというものではないので、
時の経過とともに徐々に変わっていき、ふと気付いたらすっかり移り変わっていた。という感覚と思います。
このリングはまさにそういった時代の移り変わりを如実に反映しており、
こんな小さな装身具ではあっても、これらのジュエリーを身に着ける層の影響力の強さを感じます。
このリングの特徴として挙げられるのは、以下の3点が代表的なところでしょうか。
1.アールデコシルエット+古典装飾

これは最初に述べた通りでリングの形は、
現代の新作と一緒に並べても違和感のない位シンプルでモダンなものです。
無駄な凹凸や過剰な装飾パーツもなく、
現代のスタイルにもスムーズに合わせられるアールデコ的なシルエットです。
しかしながら細かく施されたその細工に目を向けると、
まさに西洋美術の神髄を感じさせる格調高い繊細な仕事が。
1つの小さなジュエリーの中に新しい時代の息吹と、長く受け継がれてきた伝統が喧嘩することなく共存し、
個性となって調和している姿に「美」という価値観を大切にし人生の一部としてきた豊かさが伝わります。
2.ホワイトゴールド
デザイン、細工などを見る限りプラチナを使ったジュエリーというのが第一印象です。
しかし実はこちらはホワイトゴールドを素材としています。
現代ではプラチナ以上に馴染みのあるホワイトゴールドですが、
まさにこの時代に生まれたもので、貴金属の合金としてはわりと新しい素材なのです。

起源については諸説あるものの、主だったものとして伝わっているのが
プラチナの代替品として生み出されたというものです。
プラチナが使われ始めた当時の主要産地はロシアだったのですが、
1917年に起こったロシア革命により、ロシア国内が混沌とした状態になってしまい
プラチナの供給がストップしました。一度プラチナの魅力を知ってしまった人々には、
同じ白い貴金属とは言っても、もはや銀ではその代わりにはなりえず
何とかプラチナに変わりうる素材が欲しいとの声が広がる中、
試行錯誤の末開発されたものとされています。

人々を魅了して止まなかったプラチナの優れた特性は、色味に加えその不変性と粘り強さにあります。
長い間唯一の白い貴金属として愛好されてきた銀は、今でも魅力的な素材ですし、
銀ならではの楽しみ方がいろいろあります。ただジュエリーというジャンルにおいては
柔らかさ、変色性などどうしてもプラチナと同じような使い方は困難で代用には向かなかったのです。
そんな状況の中生み出されたホワイトゴールドは、
貴金属の象徴ともいうべきゴールドをベースにした合金です。
「白い」貴金属を作るために「金色」のゴールドをベースに使う。
常人の思考からではなかなか思いつくものではありませんが、
試行錯誤の中にこういった大胆な発想があったからこそ、この世に姿を現したわけですね。

多くの人がイメージするとおりゴールドはまさに金色に輝く金属です。
そのままでは柔らかいため身に着けるジュエリーとしての実用性を持たせるために
原則として他の金属と合わせて使います。
現代だと18金が主流で、金75%に別の金属25%を併せた合金にするわけですが、
イエローゴールドのみならずホワイトゴールドにおいても
わずか25%の比率でも不思議なくらいあの黄金の色味がなくなり白色になるのです。
現代では表面にロジウムコーティングをするようになり、本来のホワイトゴールドの色味とは若干異なりますが。
こうして生まれたホワイトゴールドも、完全にプラチナの代役を果たしたわけではありませんでしたが、
かなり近づくことができたのは間違いありません。このリングの細かい細工がそれを物語っています。
ただ花の彫刻の部分をレースのような全面的な透かしにしていないことなど、プラチナとの違いも見て取れます。
むしろその加工性の高さから第二次大戦後にはホワイトゴールドが、
プラチナに代わって白い金属の主流になっていくことになります。
3.合成サファイヤ

そしてもう一つの新素材。それが合成サファイヤです。
これも現代では単に天然サファイヤの代用品的な受け止め方が一般的ですが、
市場に現れ始めたころは、それまでの「色の近い類似石」や「ガラス」などの代用品とは違い、
「ついに人類の英知が天然のサファイヤと同じ成分の本物のサファイヤを作り上げた。」
という高い評価もあり、サイドに使う小さめのものなどであれば、
天然の石と変わらない価格で取引されたこともあったと言います。
もちろん科学の進歩の速度は速く、短い期間のうちに安定生産とコストダウンが可能になり、
天然石とならぶような高い評価は、限られたわずかな期間のものになりはしましたが・・・
ですのでこれだけ優れた細工と天然のダイヤモンドを使ったジュエリーに
あえて合成サファイヤを使っているのは過渡期のほんのわずかな期間だけで、
ある意味アンティークならではの希少な軌跡と言えます。
◆◆◆

プレーンなシルエットの中央に浮かぶダイヤモンドは宙に浮かぶようにセットされ、
その周りのフレーム部分には細かなミル打ちが連なります。
まさにアールデコスタイルのプラチナジュエリーに見られる代表的な技法です。

ですがアールデコデザインの特徴であるシャープな直線はほとんど見られません。
ダイヤモンドを囲むように配されたひし形状のフレームもサイドから見ると大きなカーブを描いた曲線です。
両サイドに見えるサファイヤはハートを連想させるシェイプ。まさに伝統を感じさせる貴族のスタイルです。
唯一見られる直線が上下の三角形のサファイヤ部分のみですが、バランスの良いコントラストになっていて
しっかりデザインを引き締めているのが素敵です。

掌の中に隠れてしまうほどごくごく小さなオブジェクトでありながら、
人類の長い長い歴史ともに重要な宝物として歩みを進めてきたのがジュエリーです。
美しい色形、優れた技巧、そして時代を表現したデザイン。
いつの世も人はジュエリーに自身の夢を、憧れを込め、その身に着けてきました。
その長い歴史の中の、一つの時代からもう一つの時代への流れがこのリングには刻まれています。
目に見える美しさだけではなく、その時の流れまでもどうぞお楽しみください。
by M.A.
アンティークリング
商品番号:CJ362
20世紀初期
素材:ダイヤモンド 合成サファイヤ 18KWG
SOLD








