こんにちは。
今回ご紹介するのはスイスの名門ジャガールクルトの
北米向けブランドである「ル・クルト」の一点です。

個性豊かなブランドゆえにデザインバリエーションの厚さも凄いのですが、
この時計には見た瞬間、久々に30年以上前の入社間もない頃の感覚を呼び起こされました。
近年取り扱う時計は、1960~70年代の物が大多数を占めるようになりました。
それ以前のものがまったく入荷しないというわけではありませんが、
かつてはよく見ていた年代のものも近年はコンディションの良いものが稀有となり、
知らず知らずのうちに入荷の頻度が少なくなっているということ。
経過したのは10年、20年というそれなりに長い年月なのでやむを得ないのですが、
歳を重ねるに連れ自らの体感以上に年月が早く過ぎ去り、そのギャップに驚かされるのでしょう。

新品として流通していた時代を知っている時計がアンティークとして入荷してくる。
若いころは「生まれる前の未知の時代の物」として憧れていたアンティークウォッチが、
今や自分の人生の一時代を彩ったものだったりもするのです。
手にした一つの古い時計を見ているだけなのに、
自分も大きな時の流れの中を生きているのだなと実感すると同時に、
過去と現在が交差するような不思議な感覚を覚えるようになりました。

こちらの時計は1950年代ものので自分が生まれる前の古い時代のものです。
でもアールデコの影響を受けたデザインは新鮮で、初めて見た20代の頃も
還暦を過ぎた今も変わらずにカッコいいと感じる魅力的な形です。
そして若いころに教えてもらったこの類のデザインのニックネームは
「オデオン ウォッチ」でした。
オデオン=odeon というのはギリシャ語で「音楽堂」を意味する言葉で、
そこから転じて劇場や映画館の名称として多く使われてきたそうです。
シネコンが多くなった最近は以前ほど目にしなくなりましたが、
昔は都内でも〇〇オデオン座などと言った名の映画館をいろいろ見かけました。

なぜオデオン ウォッチなのか?
その時に教えてもらったのは、
「腕時計が登場し普及した時期と映画館が広まった時期は重なっており、
その時代の映画館に飾られていたシンボル的なクロックのデザインを模したもの。」
「文字盤部分を舞台にベゼルの部分を客席に見立てたもの。」
と言った内容でした。

今回改めて情報を確認しようと思い、いろいろとネットで検索してみたのですが、
なぜか明確に合致する情報に出会うことはできませんでした。
当時ディーラー間の一部では確かに共通認識があったのですが、
現在とは異なりインターネットもない時代でしたから、
特定の業者間内のみで通じる極めてニッチな情報ともなると
あえて文書化もされずに口伝で細々と伝わり、やがてフェードアウトしたのでしょう。
自分の過ごした時間の中でも、絶えず状況は移り変わっていることを実感しました。

それでも付帯情報の流れとは別に、時計本体の魅力は今も失われず輝いています。
平均的な時計と比べてはるかに幅の広いベゼル。
その上には立体的なインデックスが配されており、12、3、6、9時位置がアラビア数字。
それ以外が楔形で、まるでアールデコ時代の建築物を見ているかのようです。

ベゼル全体が鏡面仕上げになっているため、手の動きに合わせて強く煌めくとともに
陰影の移り変わりによる立体感が一層際立ち、華やかさは宝石入りの時計にも引けを取りません。
正方形をベースに大部分を直線で構成した、とてもシンプルなシルエットながら
同じシルエットを持つ他の時計とは明らかに一線を画す佇まいが感じられます。
まだ様式美が根強く残る時代の風景が、この時計を通して目に映るような気がします。
絶えず移り変わる時の流れ。それでも変わらずに人の心に響く形。
優れたデザインの一つの完成形を見た思いです。

この時計のニックネームがどのように変わっていくとしても、
この美しさだけは変わることなく続いていくのでしょう。
百聞は一見に如かず。ぜひお手に取ってご覧ください。
ル・クルト
商品番号:D9957SK
1950年代
素材:14KWG
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