※こちらは旧伊勢丹店ブログ、2020年10月19日投稿分を再掲載したものです。
こんにちは。
今回は自分自身も見る機会の少ないスタイルのジュエリーをご紹介します。

植物や動物をモチーフにしたジュエリーは、はるか昔から長きに渡って愛好されており、
美しいもの。強いもの。可愛いもの。等々、人が憧れ、同化したい、近くに置きたいと
思えるものを模して身に着けたのがジュエリーの起源とも言われる代表例です。
こちらのジュエリーもまさにそうしたモチーフをあしらったものの一つです。
でもそれならば定番の良く見るスタイルで珍しくないのでは?
と思われるかもしれませんが、その造形がなかなかに個性的なのです。

植物または動物をモチーフとした場合、単体で取り上げることが一般的です。
その両方を同時に扱うケースもありますが、花に蝶や鳥など
いわゆる花鳥風月的な定番の組み合わせが大半です。
しかしこのブローチは花にスネークというユニークな組み合わせが希少です。
ヴィクトリア女王の婚約指輪に選ばれたこともあり、
スネーク自体は19世紀には人気のあったモチーフではあります。
ただその多くはリングで、指に巻き付いた形状でヘッド部分に宝石をはめ込んだ
定番化されたデザインが主流であり、あまりリアルな造形ではなく、
花と組み合わせたようなものは自分は見た記憶がありません。

ブローチの面白さは、直接肌にではなく生地の広い平面に着用するものなので
リングやイヤリングなどでは制限のあるサイズや形状にすることも可能で、
ちょうど壁面に絵画を飾るかの如く、場景や一瞬の場面を切り取ったような
テーマでの表現ができることです。
このブローチもそんな場面の一つを表現したもので、
自分にはスネークが花に溜まった水滴に向かう瞬間のように見えます。
19世紀は変動の時代でもありました。
ナポレオンがヨーロッパを席巻し短期で表舞台から姿を消した初期から
若きヴィクトリア女王の即位、産業革命による近代化、中産階級の台頭など
それまでの生活様式が大きく変わり、物作りにも様々な変化がありました。
量産化による品質の低下などを負の面として杞憂を感じる人も少なくありませんでした。
その反動として生まれた潮流の一つにアーツ&クラフツ運動があります。

イギリスの詩人、デザイナー、思想家でもあったウィリアム・モリスが提唱したもので、
芸術と生活の融合を理想として、ものづくりにも反映させました。
彼の会社が作り上げた壁紙などは今でも当時のデザインの物が作られ続けています。

この運動は様々なところに影響を与え20世紀デザインの走りにもなったと言われており、
同時期に人気を博したアールヌーヴォーなどのスタイルも影響を受けた一つです。

そしてこのブローチにもその影響が見て取れます。
それまでの花のブローチというと、リアルに花のシルエットを写し取って、
花びらに細かく宝石をあしらうようなものが多かったのですが、
こちらはモチーフの花自体あまり見慣れない形のもの。(昼顔の一種でははないかと推測しています。)
それをゴールドの大きな面としてグラフィカルに造形し、
シンボリックな球形のモチーフとしてパールを使っています。
それをスネークが咥えようとする瞬間を切り取ったようで、
まるでおとぎ話や古代神話の一場面のようなドラマチックさを感じます。
王朝的なスタイルにありがちな豪華な装飾文様があしらわれているわけではなく、
パートごとに見ると比較的シンプルな形ではあるのですが、
本来平面的に作られるブローチとしてはかなり3Dなシルエットになっています。

裏面から見ると顕著ですが、
①ピンを取り付けてある中央の枝部分
②その枝を一周した花部分
③スネーク部分
の3パートに分けて作られており、ベースである①に②③を巻き付けて
一体化するという、とても手のかかる立体的な構造になっています。

この構造によって“正面から見たときにスネークが巻き付いて見えるような細工”
ではなく、“実際に枝に巻き付いている”ので、とても奥行き感のある仕上がりになっています。
花も同様で、ガクの部分から花びら部分にかけて緩やかなカーブを描いた深皿状の形をしており、
大粒パールがしっかり内部に収納されていています。
そこに花びら部分の裏からスネークが頭部をのぞかせているので
さらに立体感が強調され、それほど大型というサイズではないにもかかわらず、
素晴らしい存在感を感じさせるという訳です。

ダイヤモンドも原石を思わせるようなローズカット系の石でまとめており、
一つ一つ異なる形とそれぞれに合わせたセッティングも、
時間をかけて丁寧に仕上げた古き良き時代の手作り感を実感させます。
昔読んだヨーロッパのおとぎ話に出てくる挿絵にこんなイメージのものがあって
未知の世界への空想が広がったことを思い出しました。

伝統的な懐かしさと、これまでには無いようなモダンさの、両方を併せ持ったエキゾチックなブローチ。
作った職人の真摯な仕事ぶりと、新たなスタイルに挑む心意気を感じさせてくれる一点です。
ぜひお手に取ってみて下さい。
by M.A.
アンティーク ブローチ
商品番号:CJ393
19世紀後期
素材:ダイヤモンド、パール、18K、 9K(ダイヤ)、 銅(ピン)
SOLD








